7.「長く入院していても良いことなどない」

だれもが病院にはお世話にはなりたくないと思っている。しかしいくら気を付けていても、自宅で体調が悪くなったり、転倒したりして病院に入院せざるを得ないときはやってくる。そのときに本人や家族が「必ず帰ってくる」と思っているのと「とにかく病院にお任せするしかない」と思っているのではその後が大きく違ってくる。

 

家族にしてみれば「病院にいれば安心」と思うだろう。しかし、高齢者の入院はそれが人生の大きな転機になりうる。先に紹介した私の父親の事例がそうである。脳梗塞で倒れて救急車で運ばれたとき、それから二度と自宅に帰れなくなることとは本人はもちろん、家族である私も思ってもいなかったのである。

 

病院はできるだけ入院患者を抱えておきたくないというのが今の日本の病院経営の本音である。早く回復してもらい、別の患者さんに入院してもらって病院のベッドがうまく回転してくことが経営的には望ましい。そのためには早期にリハビリテーションを行い(これも診療報酬がつく)歩けるようになって自宅に帰ってもらえるのがよい。これは病院にとっても、本人にとってもまったく良いことである。

 

ところが高齢者の場合、そうはいかないことも起こる。なぜなら病院にいると、多くの場合リハビリテーションの時間以外はベッドの上で生活することになる。そんな生活を2週間も続けていたらどうしてもADL(日常生活動作;Activities of daily living)は低下してしまう。もちろん、院内で看護師は早期退院を促進するためいろんな工夫や努力をしている。そのため業務は多忙を極めている。ベテラン看護師に聞くと「以前は時間的にも、もう少しゆったりしていたからベッドサイドにいる余裕があり、リハビリ以外にも患者さんの歩行にお付き合いすることもできました。でもDPC(包括的評価を用いた入院医療費の定額支払い制度:早期退院を促す診療報酬の改定)実施の2003年以降は患者さんに早く退院してもらうために日々の業務をより短時間で終わらせることが求められるようになりました。それもあって看護師がベッドサイドにいる時間を確保することがむずかしくなっています」という声をよく聞く。

 

さらに患者の高齢化にともなって、患者一人ひとりとのコミュニケーションも時間がかかるようになっている。院内での転倒などを防ぐためにも、患者には看護師の目が行き届かないときにはできるだけベッド上にいてもらうことがリスク回避にもなる。そうしてベッドの上で24時間空調の効いたところにいることがかえって患者にストレスを与えることにもなる。さらに院内感染という視点からも「病院にいれば安全」とはけっして言い切れない。患者の免疫力が落ちているときはインフルエンザやO157などのウイルスに感染する可能性もある。「あれ以上入院していたら余計に病気になりそうだ」とは、最近退院された筆者のご高齢の知り合いが退院後におっしゃった言葉である。

こうなってくると本末転倒である。超高齢時代(5人に1人が65歳以上の社会)を迎えるにあたり、「病院は病気を早く治して、できるだけ早く退院するところ」だと利用者もそろそろ認識を改めなければならない。昔のように病院でゆっくり治して家に戻るという時代ではないのだ。病院でできること(キュア:治療)をできるだけ早く病院で実施して、ケア(看護)は自宅で行わなければ、病院は入院患者でパンクしてしまう。

 

だが「自宅で看護される」というのは経験がない本人や家族にとってはかなり不安がある。無理もない。それまで経験したことのない生活になるからだ。それには専門家のアドバイスのもと、生活環境を整える必要がある。それを一家庭だけで行うのではなく「地域全体で行いましょう」という構想が先に述べた「地域包括ケア」システムである。患者・患者家族の視点で、地域包括ケアを知り活用することがたいせつだ。

 

まずは本人が自宅で看護を受けながら生活することが可能な環境かどうかを確認する。必要であれば手すりなどの「介護福祉用具」を自宅に設置したり改修を行う。これにはケアマネジャー(介護支援専門)を窓口として社会福祉士、介護福祉用具専門相談員や福祉住環境コーディネーターといった専門家が相談にのってくれる。介護保険の範囲でできることも多いので大いに活用したい(そのために支払ってきた介護保険でもある)。

 

看護の専門家が訪問看護師である。訪問看護とはその名のとおり看護師が自宅に訪問して、利用者に対して看護を行う制度である。訪問看護に「訪問診療」を組み合わせれば医師と看護師が自宅に来て「治療」と「看護」を行うこともできる。わからないことがあれば近くの「地域包括センター」に行けば相談に乗ってくれる。

 

どうだろう。自宅で訪問看護を受けることへの気持ちのハードルが少し下がったのではないだろうか。在宅ケアとは、入院して「病院任せ」「お医者さん任せ」するのではなく「自宅で最後まで過ごすために、いかに医師や看護師、介護士をうまく活用するか」というパラダイムの変換を行うことからスタートするのである。

 

―自宅で死ぬということ― 著:小阿羅 虎坊(こあら・こぼ)

 ※「自宅で死ぬということ」は第2・4金曜日に更新します。
次回は8月23日にお届けしますのでお楽しみに。