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11.最後まで自由に自分の意思を貫いた男性

ここからは実際に訪問看護の事例を紹介していく。

Aさん 年齢:80歳

病歴:がんで「余命半年」と宣言される

家族:妻はすでに死亡。一人暮らし。50代の娘は結婚して家族を持ち別居。

 

Aさんはもともと豪快な性格で自由に生きてきた人。がんの宣告を受けても「入院はしたくない。死ぬときは自宅で死にたい」と退院を選んだ。娘は車で通える距離に住んでいたが、Aさんは一人暮らしのままでの訪問看護ステーションを利用する形で在宅ケアがスタートした。退院前に訪問看護ステーションの管理者が面談して、在宅医の月2回、訪問看護師の週1回の訪問が決まった。この時点では医療保険のみで、介護保険は使われなかった。

 

Aさんはもともと一人暮らしをしていたので、退院後の生活も大きな変化はなかった。自宅マンションのすぐ近くにスーパーがあり食事は自炊ができた。週1回の訪問看護ではバイタルチェック(体温や血圧)、生活が成り立っているか、栄養状態はどうか(ゴミ箱を見るなどして生活状況を確認)、お風呂や排せつに問題がないか、体に痛みはないか、精神的に安定しているかなどを質問とともに確認。訪問後はその状況を娘にメールで報告することにより、家族との関係も構築していった。

 

しかし2か月ほどすると歩くのが困難になってきた。ケアマネジャーが面談し介護保険を使うことになった。介護ベッドレンタルを開始し、ヘルパーが週に3回訪問。食事、洗濯、掃除を行い、ヘルパーと連携しながら訪問看護師も週に2回から3回に訪問回数を増やした。娘もときどき訪れ泊まっていくようになった。Aさんはスーパーへの買い物途中で歩行困難になることがあったが、日ごろから近所づきあいがあったために顔見知りの人に助けてもらったこともあったようだ。在宅ケアにはそういったそれまでの生活環境や人間関係も大きくかかわってくる。病院に入院してしまうと、こういった周囲とのつながりが突然失われてしまう。それまで自宅で積み上げてきた環境(家族やペット、地域との関係など)とのお別れの時間を在宅ケアではもつことができる。

 

3か月になると排せつが困難になり安楽尿器(寝たまま尿ができる器具)の使用なども始まる。娘がこのころから頻繁に訪れ宿泊するようになったが、仕事が忙しく出張も多かった時期だったので訪問看護ステーションとの連絡を密にして利用方法を考えた。2~3日の出張の場合は夜間に訪問看護を行うなどし、1週間ほどの出張のときは近くの病院でのレスパイト入院(一時的な入院)を利用した。また、この時期からがんによる痛みの訴えも出はじめたのでペインコントロール(薬による痛みの軽減)も行った。しかし、痛みはなかなか治まらなかった。医師によれば「肉体的な痛みというよりも、この生活がいつまで続くのかという不安による心の痛みがあったのではないか」とのこと。痛みを訴える患者を目にすると「やはり入院したほうが良かったのか」と思うかもしれない。だが、その痛みは病院に入院していたとしても同じように発症していたであろう。精神面からくる痛みがあるという理解も家族には必要だ。その姿を家族が目の前で見るか、病院で看護師たちが見るかの違いである。こんなところに家族には在宅ケアへの覚悟が必要なのかもしれない。「人生の最期まで寄り添う」というのはこういった姿を受け止めることなのかもしれない。

 

Aさんは死期が近づいてくると精神的に不安定になることが多くなり、ヘルパーに「帰ってくれ」など攻撃的な言葉が出るようになってきた。そんなときは生前の妻の写真を見せたり、好きな歌を歌ったり、好きな花を見たりすると落ち着いた。そういった情報は娘から訪問看護師にもたらされており、ヘルパーとも共有されていた。家族との情報交換が重要であることがわかる。このころから訪問看護も訪問介護も毎日の訪問となった。看護と介護の違いは前に記したが、役割の違うスタッフがかかわることでそれぞれの専門性を発揮することができる。それによって娘はこれまでどおり仕事を続けることができた。

 

最期のお別れは娘が出張に行く当日。訪問看護ステーションと事前に打ち合わせをして出張中は夜にも看護師が訪問をするなどの段取りを決めていた。朝に娘さんが訪れて「行ってくるね」と声を掛けると「うん」とうなずいたが、その直後に息を引き取ったという。

 

Aさんは最後まで自分らしい生活をしながら自宅で生きることにこだわった。娘もそれを支援しAさんの「自然体の生き方」を尊重した。そこに医師、看護師、ケアマネ、ヘルパーがチームでかかわりサポートした。一人暮らしの男性が家族の支援を受けて、自分らしさを貫いた事例である。

 

なお、この事例の訪問看護では後期高齢者医療の月限度額8000円以内、訪問診療も月8000円以内であった。これに訪問介護の利用料金が加わる。料金は納税額などの条件によって違うので一概には言えないが、「在宅ケアは入院よりもお金がかかる」という認識をおもちであれば改めていただいてもよいと思う。

 

-自宅で死ぬということ- 著:小阿羅 虎坊(こあら・こぼ)

※「自宅で死ぬということ」は第2・4金曜日に更新します。
次回は10月25日にお届けしますのでお楽しみに。

10.良い訪問看護ステーションの選び方

私が父親を看取ったとき(2014年)、在宅ケアをするという選択は私にはなかった。まず在宅ケア自体をよく理解していなかった。特定の病気の人だけが選択できるケアだと思っていた。年をとって脳梗塞で一度入院してしまったのだから、そのまま病院から帰って来れなくなっても仕方がないものだと思っていたのだ。知識がないのだから当然選択肢には入らない。また、在宅ケアをする環境もなかった。在宅ケアを勧めてくれる人もいなかったし、近くに訪問看護ステーションもなかった。いや、実際にはあったのかもしれないが、こちらの意識がなかったから目に入らなかったのだろう。

 

ところが父親が亡くなってから、仕事がらみで訪問看護ステーションを運営するKさんに話を聞く機会があった。私が自身の体験を話すと「あら、それなら訪問看護で十分対応できたと思いますよ」という反応だった。え?と私は驚いた。当時の状況、つまり父親は母親と二人暮らしであり、息子である私や兄は離れて暮らしていたことなどを話しても「大丈夫ですよ。できましたよ」とおっしゃる。そこから私の在宅ケアへの意識が変わっていった。また時代もそれから加速度を上げて変わりつつある。

 

在宅ケアについて関心をもった私はその後、いろんな場面で訪問看護ステーションの運営者から話を聞いた。ところが私の父親のケースを話すと、すべての方がKさんのように「大丈夫ですよ」とは言うわけではないことに気がついた。なぜだろうか。同じ訪問看護ステーションでもその運営者によってできることが違うのだ。それは訪問看護ステーションの経営方針や運営者の思いの違いによるところも大きい。

先述のKさんはもともと病院勤務をしながら自分のできる看護に違和感をもっていた。一人の患者さんと寄り添う看護をしたいと思っていたKさんだったが、病院勤務をしていると突然、受け持ち患者の担当が変わったり、理由も教えてもらえぬまま患者が転院をしたり、もっと言えば亡くなっていたりということがあった。Kさん自身が思い描いていたのは「患者さんを最期まで看取る看護」だと気づき、病院を辞めて訪問看護ステーションを立ち上げたのだ。このように訪問看護ステーションはその運営者のスタンスによって行われる看護に違いがあると思っておいたほうがよい。

 

大きく2つのタイプに分けられる。1つは「指示待ち型」。訪問看護ステーションは医師の治療方針に沿って看護が行われるのだが、それは医師に言われるままということではない。看護師の判断が現場でなされてこそ訪問看護である。医師の治療方針を看護師がしっかり咀嚼して看護に活かせているかどうかがたいせつだ。

 

また、ケアマネジャーの存在にも目を向けたい。ケアマネジャーとは患者の状態を把握して「ケアプラン(介護計画書)」を立てる人である。このケアプランによって患者(利用者)が受けられる介護サービスの種類、内容、利用回数、時間、利用料金などが決められる。そのためにケアマネジャーは月に一度、患者宅を訪問して患者の状況を把握して評価(アセスメント)をする。このケアマネジャーに看護の視点があるかどうかが非常に大きい。ちなみにケアマネジャーは保険・医療・福祉の国家資格の保持、生活援助職、介護施設での実務経験5年以上がありケアマネ試験に合格して実務研修を経て登録することが条件である。なので同じケアマネジャーといってもそれまでの経験はそれぞれである。看護師の実務経験をもったケアマネジャーが「看護の視点」があることは想像にたやすい。もちろん肝心の看護師がケアマネジャーの指示がないと動けないというのでは困る。

 

2つめは「提案型もしくは課題解決型」である。現場で看護師が判断をしながら患者対応するのが訪問看護である。病院であれば、なにかあったときすぐに医師や療法士を呼んで対応することができる。しかし訪問看護は基本的にはその場に看護師が患者の状況や環境を把握して対応をしなければならない。「いったん戻って医師や運営者と相談してから決めます」では訪問看護をしているメリットが薄らいでしまう。さらにその状況をきちんとケアマネジャーに報告することができる看護師かどうかが、患者にとってより良いケアプランを立ててもらえることにつながる。現場で看護師が気づいた課題に対して、その場での改善を提案したり、解決できる訪問看護師がいれば、病院以上のスピードで手が打たれる。

 

ではどうすれば「良い訪問看護ステーション」見つけられるのか。口コミは重要である。近くに利用者がいたら評判を聞いてみることだ。いちばん良いのは事前に訪問看護ステーションを訪問して管理者に会ってみることだろう。そして自由にどんな訪問看護を望むか、どうしてほしいのかを話してみることだ。良い訪問看護ステーションならば相談に対して具体的に「その場合はこんなことができる」とか「このような対応ではどうか」といった回答をしてくれるはずだ。できない理由を並べたり、事前相談ができないような訪問看護ステーションであれば避けたほうがよいのではないかと思う。

 

-自宅で死ぬということ 著:小阿羅 虎坊(こあら・こぼ)

※「自宅で死ぬということ」は第2・4金曜日に更新します。
次回は10月11日にお届けしますのでお楽しみに。

 

9.自宅で死ぬことは「死ぬまで自宅で生きる」こと

在宅ケアの本質は「自宅で死ぬこと」ではなく、「死ぬまで自宅で生きる」ことである。言葉遊びのように聞こえるかもしれないが、ぜんぜん意味が違う。「自宅で死ぬ」ことは目的ではなく、「死ぬまで自宅で生きた」結果である。

 

先にも記したが家族にとっていちばんの心配ごとは「いざというときどうするか」である。病院や施設に入院していれば、いざというときにすぐになんらかの処置をしてもらえる」と思っているかもしれない。しかし、入院していても24時間だれかがベッドサイドにいてくれるわけではない。夕方には意識があったのに、夜中の巡回時にはすでに亡くなっていたということもある。老衰で亡くなるときなどはだんだん寝ている時間が長くなる。そうなると「いざというとき」がだんだん近づいてくることは医師や看護師でなくでもわかる。

 

昭和50年代、私の祖母が京都の自宅で老衰で亡くなるちょっと前に、往診に来ていたお医者さんが母親に「いつお迎えが来るかはもう時間の問題ですから、ご親戚の方に早いうちに来ていただくのがいいです」と言った。当時、私は高校生だったが「あぁおばあちゃん、もうすぐ死んじゃうんだ」と思ったのを覚えている。それから連日、叔父や叔母たちが東京や神奈川からやってきた。父親は毎日、祖母を気にしながらも会社に行っていたし、私もその日がいつ来るのか気にしながら落ち着かない日を過ごした。学校から帰ってきては「おばあちゃん、まだ大丈夫?」と部屋をのぞきに行った。母親も静かに日常生活を送っていた。

 

そしてその日はやってきた。夜の9時ごろだったか、テレビを見ていると父親が「おばあちゃん、亡くなったみたいだ」と祖母の部屋から出てきた。母親は夕方に様子を見に行ったときにはまだ寝息があったのに、と言いながら、私たちと祖母の部屋に行った。それからお医者さんに来てもらい診断をしてもらった(今思えば「死亡診断書」を書いてもらったということだろう)。こうして思い出すと今から40年ほど前だが、死は日常生活のすぐ隣合わせにあったような気がする。「家で死ぬ」ことが当たり前だった時代だったのだ。

 

亡くなるに至るまでも今でいう認知症もあった。突然家から姿を消した祖母を探しに近所を探しに行ったことも何度かあったし、保護されて警察から連絡をもらったこともあった。当時は老人施設は今ほどなかったし、家で看取るのが当たり前の世の中でそんなものだと思っていた。そういう日常を過ごすなかで家族が「祖母の死」に向かうプロセスを受け入れながら「その日」に向かって覚悟を固めていけたのかもしれない。

 

この数十年で世の中は家で死人を出すことに免疫がなくなっている。家族に「いざというとき」の覚悟が固まっていないと自宅で死を迎えたときにうろたえてしまうだろう。本人の呼吸が止まっていたり、弱くなっていることに気づいてパニックになって救急車を呼んでしまうかもしれない。訪問診療や訪問看護を受けていれば、もし死が近づいている兆候があればプロの目が見逃さずに、その他ときの対応を事前に話し合っておくことができるが、それができていないとあわてて救急車を呼んでしまうかもしれない。

 

そうなると救急隊員は本人や家族が望んでいなかったとしても蘇生に向けて手を尽くす。それはそうだろう。呼ばれて来ているのだから。消防庁の基準は生命に危険があれば応急処置を行うことを規定している。また救急車が到着したときにすでに亡くなっていると救急車は遺体はそのままにして警察に連絡をして帰るしかない。ご存知のように救急車は遺体を搬送することはできない。警察が来ると事件性を解明するために現場検証と家族への聞き取りが行われる。そうなると本人と家族との最後のお別れはあわただしいものになってしまう。そんなことがないように在宅ケアを行う場合は、信頼できる訪問看護師と訪問診療をしてくれる医師を見つけておきたい。彼らは「自宅で最後まで生きること」をサポートしてくれるプロである。

 

病院での勤務を経験した後に訪問看護に携わるようになった看護師が言っていた。「訪問看護で看取りをするようになって感じたことは、亡くなられた患者さんの顔や体がきれいだということです。無理な延命処置をせずに自然に亡くなると体に余計な負担をかけないせいでしょう」と。

 

繰り返しになるが自宅で死ぬといくことは、最後まで自宅で生きるということである。もちろん自宅での治療ができない場合はいったん病院に行けばよいのだ。大切なのは最後まで「自宅にいたい」という思いを本人と家族、そして医療従事者で支えながらそれをかなえていくことだろう。

 

―自宅で死ぬということ― 著:小阿羅 虎坊(こあら・こぼ)

 ※「自宅で死ぬということ」は第2・4金曜日に更新します。
次回は9月27日にお届けしますのでお楽しみに。

 

 

8.自宅で死ぬための「患者力」をつける

「死ぬことは生きることの総仕上げ」と言われる。どのように生きるかはだれもが考える。しかし、どのように死ぬかについては声高に語られることはあまりない。2世代、3世代で暮らしていたころは「家族に見守られながら静かに」が当たり前だったかもしれない。しかし核家族が8割以上を占める現代では日常生活の延長線上で家族に見守られて亡くなることはむずかしくなっている。何かのきっかけで入院し、施設に転院し自宅に戻ることなく人生を終えること人がいかに多いことか。

 

自宅で死にたいと思うなら早い時期から周囲に伝えていくことが必要だ。先にも述べたが、もし死が現実的になってからだと選べる選択肢は少なくなってしまう。できるだけ元気なうちにしておいたほうがよい。入院してからだとどうしても「お医者さんに言われたとおりに」なりがちである。なにしろ入院しているということは、それだけでアウェイで戦っているようなものである。どうしても医師や看護師に「あの人は困った患者さんだ」と言われないように、言いたいことも我慢してしまいがちである。

 

しかし、医療界では「患者中心の医療の実践」という言葉が使われて久しいのだ。患者中心ということは、主人公は医師でも看護師でもない。患者が主人公ということだ。だが現実は患者が主人公の自覚がないまま、共演者である家族や医療従事者が主人公の運命を握ってしまうことも多い(しかも遠慮がちに)。

 

では主人公はどうふるまうべきなのか。主人公は自分の人生のあらすじを決めなければならない。そして周囲の人たち(共演者)とともに人生の最終舞台を迎える準備を進めることだ。そのために共演者にできるだけうまく助けてもらうことだ。家族も医師も看護師もケアマネジャーもみんな共演者である。「患者」という役割を果たすのではなく「主人公」として最後まで生きるのだ。だれかにお任せするのではなく、自分の人生のエンディングをどうしたいのかをできる限りを自分でイメージしておく。主人公がどうしたいかを伝えることができれば、共演者はフォローやサポートがしやすくなる。その伝える力こそ「患者力」である。主人公に患者力があるほど共演者はやりやすい。元気なうちにぜひ患者力を磨いておくことだ。

 

具体的には先に記したようなこと(6.本人が元気なうちに話し合っておきたいこと)を考えて周囲と共有しておくことだ。日常会話の時間がある人は話しておく。そのような機会がない場合は書面にまとめておいて顔を合わせたときに伝えるのがよい。すべてを詳細に決めておくこともない。自分でやりたいこととどうしてもやりたくないことを明らかにしておくだけでもよい。気持ちが変われば書き換えればよい。年配の方は「周りに迷惑をかけてしまうかもしれないから、そんなにわがままも言えない」という方も多いと思う。しかし、言ってみてできないことであればそのとき次善策を考えればよいのではないか。またそういった思いを伝えておくことによって家族にとっても「悔いのない介護」ができることにもつながる。共演者である医療従事者たちはその道のプロである。医療や看護技術の進歩もあるし、医療制度の変化もある。昔はできなかったことも、今はできるかもしれない。

 

人はいずれ死ぬのである。「病院でできるだけの延命治療をしてでも1日でも長生きしたい」というのであれば、それもできる。逆に「延命治療はせずに、最後はできるだけ苦しみがないように自宅で亡くなりたい」というのであれば、その意向に合わせた治療と看護をしていくことができる。病院でやれることと自宅でやれることには違いがある。そもそも病院は「病気を治す」ところであるから、病院にいる限りは最後まで病気と闘う選択をすることが前提となる。しかし「病気とは戦わない」という選択をするのであれば、退院して自宅で過ごし、やれることをしながら人生の最終舞台を迎えることもできる。自宅で死ぬということは「本人が望まない治療は受けない」ことを選択するにもなる。たとえば自宅で訪問看護を利用する場合、「苦しい食事制限はできるだけ避けたい」「生きているあいだに好きなものを食べたい」という願いがあれば、訪問看護師が相談にのり家族とも相談しながらそれをかなえることもできる。

 

家族にとっては「もし自宅で看護をしたら、いざというときに家族だけでは対応できない」という不安もあるだろう。これもパラダイムの変換が必要である。「いざというとき」に何を求めるか。救急車を呼んで病院へ運んで人工呼吸器を装着すれば延命治療のスタートになるかもしれない。それは果たして本人が望んでいたことなのかどうか。ここが自宅で看護する際、いちばん大きな問題になる。「自宅で看取る」という家族の覚悟があれば、「いざというとき」に向けて訪問看護師、医師とで準備や話し合いを進めておくこともできる。

 

病院にいても、自宅にいても人は死ぬときは一人である。自分の人生の最期をどこで迎えるか。主人公(本人)が決め、その意向をかなえるのも共演者(家族)の最後の役割ではないだろうか。

 

―自宅で死ぬということ― 著:小阿羅 虎坊(こあら・こぼ)

 ※「自宅で死ぬということ」は第2・4金曜日に更新します。
次回は9月13日にお届けしますのでお楽しみに。

7.「長く入院していても良いことなどない」

だれもが病院にはお世話にはなりたくないと思っている。しかしいくら気を付けていても、自宅で体調が悪くなったり、転倒したりして病院に入院せざるを得ないときはやってくる。そのときに本人や家族が「必ず帰ってくる」と思っているのと「とにかく病院にお任せするしかない」と思っているのではその後が大きく違ってくる。

 

家族にしてみれば「病院にいれば安心」と思うだろう。しかし、高齢者の入院はそれが人生の大きな転機になりうる。先に紹介した私の父親の事例がそうである。脳梗塞で倒れて救急車で運ばれたとき、それから二度と自宅に帰れなくなることとは本人はもちろん、家族である私も思ってもいなかったのである。

 

病院はできるだけ入院患者を抱えておきたくないというのが今の日本の病院経営の本音である。早く回復してもらい、別の患者さんに入院してもらって病院のベッドがうまく回転してくことが経営的には望ましい。そのためには早期にリハビリテーションを行い(これも診療報酬がつく)歩けるようになって自宅に帰ってもらえるのがよい。これは病院にとっても、本人にとってもまったく良いことである。

 

ところが高齢者の場合、そうはいかないことも起こる。なぜなら病院にいると、多くの場合リハビリテーションの時間以外はベッドの上で生活することになる。そんな生活を2週間も続けていたらどうしてもADL(日常生活動作;Activities of daily living)は低下してしまう。もちろん、院内で看護師は早期退院を促進するためいろんな工夫や努力をしている。そのため業務は多忙を極めている。ベテラン看護師に聞くと「以前は時間的にも、もう少しゆったりしていたからベッドサイドにいる余裕があり、リハビリ以外にも患者さんの歩行にお付き合いすることもできました。でもDPC(包括的評価を用いた入院医療費の定額支払い制度:早期退院を促す診療報酬の改定)実施の2003年以降は患者さんに早く退院してもらうために日々の業務をより短時間で終わらせることが求められるようになりました。それもあって看護師がベッドサイドにいる時間を確保することがむずかしくなっています」という声をよく聞く。

 

さらに患者の高齢化にともなって、患者一人ひとりとのコミュニケーションも時間がかかるようになっている。院内での転倒などを防ぐためにも、患者には看護師の目が行き届かないときにはできるだけベッド上にいてもらうことがリスク回避にもなる。そうしてベッドの上で24時間空調の効いたところにいることがかえって患者にストレスを与えることにもなる。さらに院内感染という視点からも「病院にいれば安全」とはけっして言い切れない。患者の免疫力が落ちているときはインフルエンザやO157などのウイルスに感染する可能性もある。「あれ以上入院していたら余計に病気になりそうだ」とは、最近退院された筆者のご高齢の知り合いが退院後におっしゃった言葉である。

こうなってくると本末転倒である。超高齢時代(5人に1人が65歳以上の社会)を迎えるにあたり、「病院は病気を早く治して、できるだけ早く退院するところ」だと利用者もそろそろ認識を改めなければならない。昔のように病院でゆっくり治して家に戻るという時代ではないのだ。病院でできること(キュア:治療)をできるだけ早く病院で実施して、ケア(看護)は自宅で行わなければ、病院は入院患者でパンクしてしまう。

 

だが「自宅で看護される」というのは経験がない本人や家族にとってはかなり不安がある。無理もない。それまで経験したことのない生活になるからだ。それには専門家のアドバイスのもと、生活環境を整える必要がある。それを一家庭だけで行うのではなく「地域全体で行いましょう」という構想が先に述べた「地域包括ケア」システムである。患者・患者家族の視点で、地域包括ケアを知り活用することがたいせつだ。

 

まずは本人が自宅で看護を受けながら生活することが可能な環境かどうかを確認する。必要であれば手すりなどの「介護福祉用具」を自宅に設置したり改修を行う。これにはケアマネジャー(介護支援専門)を窓口として社会福祉士、介護福祉用具専門相談員や福祉住環境コーディネーターといった専門家が相談にのってくれる。介護保険の範囲でできることも多いので大いに活用したい(そのために支払ってきた介護保険でもある)。

 

看護の専門家が訪問看護師である。訪問看護とはその名のとおり看護師が自宅に訪問して、利用者に対して看護を行う制度である。訪問看護に「訪問診療」を組み合わせれば医師と看護師が自宅に来て「治療」と「看護」を行うこともできる。わからないことがあれば近くの「地域包括センター」に行けば相談に乗ってくれる。

 

どうだろう。自宅で訪問看護を受けることへの気持ちのハードルが少し下がったのではないだろうか。在宅ケアとは、入院して「病院任せ」「お医者さん任せ」するのではなく「自宅で最後まで過ごすために、いかに医師や看護師、介護士をうまく活用するか」というパラダイムの変換を行うことからスタートするのである。

 

―自宅で死ぬということ― 著:小阿羅 虎坊(こあら・こぼ)

 ※「自宅で死ぬということ」は第2・4金曜日に更新します。
次回は8月23日にお届けしますのでお楽しみに。

6.本人が元気なうちに話し合っておきたいこと

人生は選択の連続である。若いころは選択の幅がたくさんあり「今回は選ばなくても次回は選ぶ」といったことができた。しかし人生の最終段階ではそうはいかない。最後の選択になる場合もあるし、その選択すら本人が決められない状態になることもある。

 

また家族にとってもそれは同じである。「親孝行したいときには親はなし」とはよく言われる言葉だ。しかしそれを実感できるのは残念ながら親を亡くした後であることが多い。平均寿命は延び続けているから現代は本人も家族も余計に老後のことを考える時期も遅くなっているかもしれない。その反面、医療や介護の世話にならないで生きていける「健康寿命」と「平均寿命」の差はそれほど埋まっていない。この期間こそ本人と家族がともに人生の最期を生きていく時間となる。それに目を向けて事前に話し合っておこうというが先に触れた「人生会議:アドバンスケアプラン(ACP)」である。とくに制度上のものでもないので、こうしておかなければならないというものではない。しかし、もしものときのためにぜひ早い時期から定期的に家族間で話し合っておくことが望ましい。

 

厚労省が出した資料では家族が本人と確認しておくべきことは大きくは5つ。

①本人が大切にしていることはなにか。生きている時間が限られているときどんな最期を迎えたいか。家族や友人のそばにいたいか。痛みや苦しみがないことを選びたいか。少しでも長く生きたいか。好きなことを続けていたいか。どんな治療やケアを受けたいか、など。

②信頼している人はだれか。いざというときに本人に代わって治療やケアについて医療者と話し合ってほしい人はだれか(本人の価値観や考えかたを大切にできる人。家族、親戚、友人、医療従事者など)。そしてそれはなぜか。

③主治医に聞いておくことはなにか。具体的な病名と今後どのような治療やケアが必要かを聞いているか。あとどれくらい生きられるか(余命)を知りたいか、知りたくないか、そしてその理由。

④治癒が不可能な病気になったり、回復がむずかしくなったときにどのような治療やケアを受けたいか。病状が悪化したときにどこで(病院、自宅、施設など)治療やケアを受けたいか

⑤もしものときに信頼できる家族や友人にどれくらい判断を任せるのか。本人が望んだとおりにしてほしいのか、医療従事者と信頼できる家族や友人がそのときの判断を下してよいのか、など。

まとめて書いてしまうと簡単だが、実際はそう簡単なことではない。むしろそれまでの家族関係によってはタブーとされていることに触れてしまうかもしれない。しかし人生の最期なのだからこそ触れなければならないとも言える。

 

だが私自身、父を見送るプロセスを振り返ってみてもほとんどできていない。入院や転院を繰り返すなかで何度かここに書かれたようなことを会話したことはある。それは時間の経過とともに変化もしていった。「なんでこんなことになったのか」「いつ家には帰れるんだ?看護師さんもお医者さんもはっきり答えてくれないんだよ」「この治療で本当に治るのか?」「母さんやお前に迷惑をかけて申し訳ない」「昔の仕事仲間だった〇〇さんに会いたいなぁ」「病院だと何食べてもおいしいと感じないよ」「俺はもう死ぬのか?」「(食事介助のとき)お前、俺にご飯を食べさせるのがうまくなったな(笑)」「俺は痛いのはいやなんだ。死ぬときはポックリ逝きたいよ」。そしてそんな会話もだんだん減り、意思表示もできなくなって最期を迎えた。

 

危篤の連絡が病院から入り駆けつけたとき父親は最期の命の灯をかすかに残すのみであった。心肺停止になったときお医者さんは心肺蘇生を試みてくれたが、私はそれを見て父親の言葉を思い出して「先生、ありがとうございます。もうけっこうです」と伝えた。

 

いったん病気になり入院をしてしまうと、ベッドサイドで人生の最期に向けての話は生々しすぎてやりにくいというのが現実だ。できれば本人も家族も元気なうちに話をしておきたいものである。最近はテレビ番組や新聞の特集記事などでも人生の最期や生き方を扱ったものも多い。お正月やお盆で顔を合わせたときなどにそんな話ができるようにテレビ局や新聞社にも放送時期や掲載のタイミングをぜひ検討してもらいたいと思う。

 

厚生労働省 「人生会議」に関連するホームページ https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_02783.html

参考文献:木澤義之 神戸大学病院緩和支持治療科特命教授 「平成28年厚生労働省委託事業 人生の最終段階における医療体制整備事業 これからの治療・ケアに関する話し合い」

―自宅で死ぬということ― 著:小阿羅 虎坊(こあら・こぼ)

 ※「自宅で死ぬということ」は第2・4金曜日に更新します。
次回は8月9日にお届けしますのでお楽しみに。

5.「施設ケア」と「在宅ケア」を組み合わせる

人生の最期をどこで迎えるか、大きくは2つ。病院か家かである。これをもう少し専門的な言葉を使うならば、「施設ケア(病院・長期療養施設・老人ホームなど)」か、「在宅ケア(家庭)」か、ということになる。厚労省が1990年以降に高齢化社会に向けて開始したゴールドプランや医療保険制度の規制緩和がなされ自宅でできる治療法が増えたこと(インシュリンの投与や在宅酸素療法など)で在宅ケアの選択肢は広がっている。

 

しかし、在宅ケアを可能にするにはそれなりの環境が必要である。

 

1つ目の条件は患者本人と家族の意思。本人も家族も在宅ケアを望む場合はスムースだ。しかし、本人は在宅ケアを希望しても家族がそれを望まないことがある。家族が遠くにいて同居できなかったり、同居はできても積極的にはしたくない、または同居は視野に入れているが介護や看護ができるのか自信がないということもある。

 

逆に、家族は在宅ケアを望んでも本人が望まないこともあるだろう。

 

(本著では本人もしくは家族が在宅ケアを望むケースをメインに言及していくことをご了承いただきたい。もちろん一人暮らしでも在宅ケアは可能ではある)。

 

2つ目の条件は、居住する地域に訪問介護、訪問看護の体制が整っていること。在宅ケアをするには介護サービス、医師や看護師の医療サービスが受けられる体制が必要である。というのも在宅ケアですべてができるわけではない。在宅ケアを中心にしながら施設ケアを組み合わせることが必要なことも十分起こりうる。先に紹介した「ときどき入院、ほぼ在宅」という言葉それを表している。

 

「訪問介護」とはヘルパーが訪問して介護・家事(入浴、給食、日常動作訓練など)の援助、相談にのることである。一般的に「デイサービス」と呼ばれるが、これには本人が社会福祉施設などに出向いてリハビリテーションを行う「通所介護」も含まれる。通所をすることは本人の社会的孤立を防いだり家族の負担軽減にもなる。家族が一時的に旅行などで世話ができなくなるときや、在宅ケアの効果を高めるために利用する「ショート・ステイ」もある。

 

それに対して「訪問看護」は看護師や理学療法士などが訪問して看護やリハビリの視点から病状の観察、リハビリ、指導を行うものである。末期のがん患者などが自宅で最期を過ごすことを希望した場合に行う在宅ケアを「在宅ターミナルケア」と呼ぶが、がん患者数の増加傾向は変わらないので今後、訪問看護のニーズが増えていくことが予想される。ターミナルケアの場合、本人から痛みの訴求、急変など家族だけでは対応ができないこともあり負担も多大なものになる。それに対応するために「24時間対応型在宅ケア」を実施している施設もある。これには24時間定期巡回型、随時対応型がある。

 

また本人が通所して身体機能の維持や回復、日常生活の回復、そして認知機能の改善を促す目的で「デイケア」という医療サービスがある。先のデイサービスとの違いは医師が介在するかどうかである。医師の判断・指導の下に理学療法士(PT)、作業療法士(OT)、言語療法士(ST)が通所先でグループにてケアを行う。「通所リハビリテーション」と呼ばれることもある。デイケアを利用することで生活リズムを維持することができ生活管理能力を保つことができたり、利用者同士の交流により自主性や協調性を培うことができたり、リクリエーションや簡単な手作業をすることで日常の作業能力を維持、向上が見込まれる。

 

そのサービス内容によって、「訪問介護」「デイサービス」は介護保険、「訪問看護」「デイケア」は健康保険から支払われる。注意が必要なのは介護保険、健康保険のいずれも保険の範囲内で受けられるサービスが決められているということだ。逆に言えばサービス事業所側は「介護報酬」「診療報酬」として受け取れるサービスは決まっているということである。その範囲を超えたサービスについては「保険外サービス料金」として別途サービス料金を定めることができる。先に紹介した「24時間定期巡回型、随時対応型介護・看護」などはそれにあたる。デイサービスでの送迎や入浴介助、食事などについてはオプションとなることがあるので利用する際は事前に確認が必要だ。またデイケアでも個別のリハビリは別料金がかかる。

 

このように「在宅ケア」を中心にしながら「施設ケア」を組み合わせていくことにより、本人の身体的な機能や社会的なかかわりを維持しながら、家族にとっても負担を軽減していくことが望ましい。家族の年齢とともに家庭にはその時代の家族の過ごし方がある。赤ちゃんがいる家庭には赤ちゃんに合わせた生活があり、高齢者がいる家族には高齢者に合わせたその家族の過ごし方があるということだ。ただ、赤ちゃんはだんだんできることが増えていくのに対し、高齢者はできることが減っていく。だからうっかりしていると高齢者の変化に気づかないまま家族は同じ生活をし続けてしまうことがある。

 

―自宅で死ぬということ― 著:小阿羅 虎坊(こあら・こぼ)

 ※「自宅で死ぬということ」は第2・4金曜日に更新します。
次回は7月26日にお届けしますのでお楽しみに。

4.本人・家族が準備すべきこと

病院から自宅に戻る準備について、もう少し詳しく掘り下げてみよう。とくにここでは高齢の親をもつ子どもの視点で見てみよう。
まずは転倒などのため救急車で病院に運ばれたという場合。このときに運ばれる病院は「急性期病院」と呼ばれ「早期治療の回復」を目的とした病院である。骨折をしていた場合、治療、リハビリをしている期間は入院できるがその期間が終われば退院しなければならない。自宅に戻って生活できる環境があるかどうかを退院前に「家屋調査」が行われる。家族はその調査に協力する。たとえば玄関に段差はないか、家の動線に障害物はないか、手すりはあるか、風呂やトイレは利用できるかなど。その調査に基づいて自宅の環境整備を行う。この期間、患者は一般病棟を退院して地域包括ケア病棟に転院することができる。その入院期間中に退院後の生活ができるように本人にも家族にも準備をしてもらうのだ。
もし一人暮らしを続けるならこのときに本人のその意思確認をし、医療スタッフにその旨を伝える。そうすれば看護師は入院中に一人で服薬できるように、などトレーニングを行う。退院後の食事や入浴はどうするのか、リハビリはどうするのかは、訪問介護や訪問看護サービスの利用法を検討する。

 

ちなみに介護と看護は違いを理解しておくことは重要である。介護とは「日常生活の支援」が主であり、介護保険によってまかなわれる。利用者の生活の維持や向上が目的である。いっぽう看護とは「療養上の世話と診察の補助」が主であり健康保険によってまかなわれる。食事の介助や入浴のような身の回りの世話も療養上の補助であり医療行為である。したがって一見似たように見える業務でも介護と看護ではその意味はまったく別のものである。保険から支払われる介護職、看護職への報酬は業務ごとにその点数が定められている。なので「保険に定められている業務」以外は原則として受けることができない。たとえばヘルパー(介護職)に買い物に行ってもらうついでに生活必需品以外のもの(お酒やタバコなどの嗜好品など)を買ってきてもらうことはできない(原則としてと書いたのは「保険外サービス」として別途料金を支払うのであれば可能であるからである)。


つぎに入院をせずに自宅で治療を受けたり、終末期に退院をして自宅で最期を迎えることを希望する場合。今後「家で死ぬという選択」をするのはこのケースになる。在宅医療(「在宅ケア」とも呼ばれる)を行う場合、大切なのは医療側としっかり連携をとる体制をつくることである。病院にある「地域連携室」や「地域包括ケア病棟」に相談して訪問介護、訪問看護、訪問診療のサポートを受けられるようにする。医療界には今「多職種協働」というキーワードがある。地域包括ケアシステムのもと、これまで病院の中だけにいた医師、看護師、薬剤師、理学療法士、介護士、栄養士、メディカルソーシャルワーカー(MSW)といった職種がチームとなって地域と連携しようという動きである。患者家族はこういったチームと打ち合わせを行い、患者がこれから人生の最後をどのように迎えてほしいと思っているのか、家族としてはどうしていきたいのかのコンセンサスをとることが非常に重要になる。これは遠く離れた親がいる場合などにもぜひ足を運んで行ってほしい。


このような打ち合わせを厚生労働省では「人生会議」と名付けている。以前はアドバンスケアプラン(ACP)と呼ばれていたものを、より家族にも馴染むようにと2018年に制定したものだ。これまで日本の医療は「お医者さん任せ」のところがあった。それは医療が病院内で行われていたからだ。しかし今後、医療の現場は病院だけでなく、地域≒家にも広がっていくにつれて、患者やその家族がどのような最期を迎えたいか、「もしものとき」を突然迎えたときにどうするかを、事前に考えておくことが必要な時代になっていくのだ。


―自宅で死ぬということ― 著:小阿羅 虎坊(こあら・こぼ)

 ※「自宅で死ぬということ」は第2・4金曜日に更新します。
次回は7月12日にお届けしますのでお楽しみに。